先日、東京中野区に住む女性のお客様と話していた際、

「江戸っ子の人情、粋はどこに行ったのでしょうか?」と聞いたところ

「それはもう過去のもの」と言われました。

この方も僕も江戸っ子であり、とても気の合う方。

品の中に下町気風も伺え、へんてこりんな僕の笑いのツボに珍しくはまってくれる方。

 

でもありました荒川区に。下町人情と粋が。

 

泪橋 昭和下町人情が今でもあった

いわゆる東京のドヤ街であり山谷(さんや)地区と呼ばれる。

下町育ちの僕には、結構身近であり、幹線道路の明治通りが走っているので

車でよく通っていた。

 

ただ小さいころには、おふくろから「危ないから言ってはダメ」と言われていた。

 

最寄り駅はJR常磐線の南千住駅、そして地下鉄日比谷線の三ノ輪駅。

住所でいうと荒川区清川、日本堤あたり。

 

南千住は現在こそ駅前再開発で様変わりしたが、

当時は山谷暴動、南千住駅列車事故等暗い影を落としていた部分もある。

そんな街にもプロ野球球団がありロッテの前身となる東京オリオンズ。

東京スタジアムといった。金やんが投げていた。

そしてあしたのジョーが住む街でもあった。

今も住んで切るのだろうか?

 

日雇い労働者の町で、それを歌ったフォークの神様岡林信康の「山谷ブルース」

先日久々に岡林信康の唄をいくつか聞いたが、

この年になってわかる胸に染み入るものを感じました。

チューリップのアップリケや、手紙はその時代背景を知る方々には、

涙ものだと思う。その時代背景が良くわからない僕でもウルウル来てしまう。

 

年齢が10離れた兄貴が良く聞いていたので、

自然に耳に入り込んでいました。

 

泪橋。何とも切ない響きの地名だ。

 

手前でバスを降りてしまった

ここ最近、この泪橋に行くことが多いのだが、

セミナー前日にホテルに移るまで、泪橋近くに住む友人の家に居候する。

ここ何年か通っているが、友人の家は南千住駅からは徒歩15分ほどかかり

重い荷物を持つ身としては結構辛かったりする。

 

暑かったり、雨が降っている日など最悪だ。

 

とはいえ友人の家なので、お土産のタイカレーさえ持っていけば無料で暮らせる。

何か友人を傷つけたり、怒らせるようなことがあっても

タイカレーを渡すと機嫌がよくなる。

そのためにグリーン、イエロー、マッサマンと多彩なバリエーションを用意しておく。

 

日本に行けば平均10日前後は滞在するので、

ホテル代は嵩み、その状況下友人の存在はありがたい。

お互い離婚組、家族のために購入した3LDKの一戸建ても

自分が過ごす場所以外は、男やもめの散らかりようがあちこちに。

 

自分の過ごすソファと寝床だけは小綺麗に整頓されている。

僕が行くだけで、閑散とした冷たい空気は少しは温まるのだろう。

 

何はともあれかみさんは大切にするものだと、

毎度お互いの寂しさ話が咲き乱れる。

離婚理由は元妻はパクチーが嫌いだったらしい(冗談)

 

普段バスの存在はどこまで皆様気にされますか?

 

バスをほぼ利用しない人生を送ってきたので、

なるほどこんなに便利なのかと気づくまでに時間を要したが、

いくつかの路線は、彼の家から2,3分のところを走っている。

 

日暮里駅から亀戸行きのバスに乗ってみた。

全然座れた。

 

走りなれたはずの明治通りなのに、疑問が生まれた。

ぼーっとしていたところのアナウンスは、

次の停留所が荒川3丁目だったか荒川区役所だったか?

あれれ?僕の記憶だと通り越えている、いや通り越えていない。

かなり曖昧な状況となった。

 

携帯で調べようと思ったが、バンコクで借りたポケットwifiが

あまり機能してくれないので、どうせここなら歩いても大した距離ではないだろうと思い。

何よりもその時点で行き過ぎていると感じていたので、

戻る場所から、あまり離れたくなかったことも含め降りてしまった。

 

しかし降りてみると、まだ泪橋にはついていないことが分かった。

というのは、一応グーグルマップを見てみたが、あまり電波を拾っていないせいか、

へんてこりんな所を指している。

 

人通りの少ない明治通り沿い。

ここは渋谷や新宿あたりの明治通りとは違う。

前から女性と思しきランナーの姿が見えた。

世知辛い世の中の夜更けに一人の女性ランナーに道を聞こうとする僕。

どんな反応となるだろうか?

 

そのまま走り去られたらイヤだなぁ、なんて考えたけど聞くこととした。

 

「走っているところ申し訳ありません。

泪橋はこちらでよろしいでしょうか?」

彼女は立ち止まり、イヤホンを取り一瞬笑顔を見せてくれたように思えた。

年齢は0歳過ぎ辺りだろうか?

こんな時間に走っているので日課に近いのだろうが、

その成果でスタイルの良さは暗闇の中でも感じられた。

暗闇でもチェックすべき所はしている男の性。

 

そして丁寧に道を教えてくれたが、少し自信なさげだ。

ただ明確なのはまだ辿り着いていないことだった。

 

丁寧に感謝の意を述べ立ち去ろうとすると。

彼女はお腹の前で両手を重ね、会釈をして

「お気をつけて行ってください」

 

この世知辛い世の中で、この行動には、それだけで感激してしまった。

とても素敵な方だ。

捨てたもんじゃないぞTHE下町。

僕も生まれ育った下町、これだよこれ。

その後も歩きながら、あんな人がお嫁さんだったらなーと考える

バカ男化していた。

 

彼女に言われた通り、まっすぐ行って信号を左に曲がろうとする頃には、

忘れかけた記憶はよみがえってきて、間違いなく辿り着いていないことが

「自身から確信に変わりました」(松坂大輔)

ただ歩くだけなので、くだらないことばかりを考える。

 

よみがえってくると、自信なさげだった彼女が言う信号を左はどう考えてもおかしい。

人に聞いた理由は、このあたりの明治通りはまっすぐ行くと外れてしまうポイントが2か所ある。

途中から折れるのだが、そのポイントがうろ覚えであった。

そのうち一つを間違えてしまうと、吉原ソープ街に行ってしまう。

客引きに誘われたら、フニャフニャとついていってしまいそうなのもあり、

そのポイントだけは間違いたくない。

それを間違わないために聞いたのだが、ここを曲がるはずがない。

 

ということで次の下町人情型2人が登場する。

 

左に曲がったところで、玄関先の植木鉢に水をやっていたおばあちゃんに左側を指し、

「泪橋はこちらでよろしいですか」

勿論夜遅くの問いかけなので、玄関ドアをぴしゃり締められたらどうしようと思ったが、

「あら、どうしよう。間違ったことを教えたら申し訳ないので

主人を呼んでくるわ」

一度玄関奥に消え、主人と一緒に出てきた。

主人はステテコ姿。THE下町。

僕の親父の記憶も、大半はステテコ姿。

なんだか嬉しい。

激しく嬉しい。

 

とてもとても丁寧に教えていただき、

曲がり角の注意点まで丁寧に。

 

下町べらんめぇ調も期待したが、ステテコ姿に似合わない

紳士的な対応をしていただいた。

 

僕が生まれ育った下町は、東京は大都会というものとはかけ離れた

幼少時代でした。

今はそれなりな街構えになったけれど、一つだけ反論したいのは

東京の人は冷たい。

 

声を大にして言いたいけど、これは違うと思います。

人情、横の繋がりや粋な世界は江戸時代から受け継がれてきたものです。

薄れてしまったのかもしれないけど、

根強く下町人の心内にはしっかりと存在することが確認できる

少しうれしい夜でした。

 

その後も通れるところを間違わないように、

地元淑女的おばあちゃんに、三ノ輪近く大関横丁交差点で

最終確認していただき、とても丁寧に対応いただいた。

 

これらは僕が生まれ育った東京下町でも同様で、

これこそ東京下町と感激です。

僕はこんな下町的優しさをどこかで確認したかったのかもしれない。

きっと人情も粋もまだまだたくさんあるのだと。

怖いおじさんたちもたくさんいたが、尊敬できる先輩達もたくさんいた。

僕らが少年の頃、こんな方々に情緒教育を受けてきたのだと思う。

人と人との繋がりは決して忘れてはいけないものなのだ。

 

次回から、またタイ不動産の話に戻ります。

物件の話も今後へ掲載します。

前から掲載すると話していた、1000万円少々で利回り10%以上の物件です。

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